「こっちにおいで。」
手招きされて近づくと、
骨や血管の位置がはっきりわかる、標本のように細い手が、
私の両手を痛いほどの力で握りしめた。
「本当に申し訳ございません。許してください。
ごめんなさい、ごめんなさい。」
「大丈夫ですよ、○○さん。
気にしないで。大丈夫ですから。」
「もうすぐ冬でしょう。
人がたくさん出歩くから、心配ばかりして疲れるのよ。」
「そうなんですね。大丈夫ですか。
あまり出歩かないように、伝えておきますね。
任せてください。」
耳元で、少し大きめの声で応える。
突拍子もないことを口にしたかと思えば、
驚くほど筋の通った自分の意見を、
はっきりと述べることもある。
その境界線が、私にはまだよくわからない。
突然、握っていた手をさっと離し、
怯えたような目で、私を遠ざけた。
85歳以上の4人に1人は、認知症だと言われている。
遠くに暮らす母は、いま60代。
いつか、こんなふうに
私を遠ざける日が来るのかもしれない。
私のことが、わからなくなる日が来るのかもしれない。
覚悟しておこう。
受け入れるということ。
そして——
老いるということ。
